1956年(昭和31年)
OK模型として大阪市天王寺区にて模型販売店を開業する。
1959年(昭和34年)
最初のRCキット「パイロット・エース」の製造を開始する。
1964年(昭和39年)
株式会社OK模型設立。RCキットメーカーとしてスタートをきる。
1966年(昭和41年)
東大阪市に移転、本格的なRCキットメーカーとしてバルサキット及びグラスファイバー製機体の量産を始め、アメリカ向け輸出を開始、わが国で初めてダイカット工作法を開発する。
1968年(昭和43年)
ARF完成機の量産化に成功、アメリカ・ドイツなどへも大量輸出。練習機のベストセラー機「ジュニア100」が3万台の生産台数突破。
1978年(昭和53年)
本社を東大阪市横沼町に移転する。
1981年(昭和56年)
EZの開発。念願のEZ製品処女作「タロン」を完成。
世界三大モデルショーであるアメリカ、トレドショーに出品(1982)
1987年(昭和62年)
モデル・オブ・ザ・イヤーを獲得。
ドイツ、ニュールンベルグで毎年開催される世界最大規模を誇る
インターナショナルモデルショーにて、モデル・オブ・ザ・イヤーを獲得。
グラウプナーやロベなど世界一流メーカーがひしめく中、OK模型はEZ「スープラフライ60」で名誉ある第一回授賞者となり世界の注目を浴びた。

F3A世界選手権制覇。
フランス、アビニオンで行われたF3A世界選手権にて、OK模型のテクニカルアドバイザーとして正式に契約を交わしたH.プレトナ氏のデザインによるEZ「スープラスター60」が、同氏の手によって優勝。
プレトナ氏自身にとって4回連続通算5度目の優勝。
量産型完成機として初のチャンピオンシップを獲得した。
1988年(昭和63年)
模型の殿堂入り
USAを代表する航空博物館であるサンディエゴエアロスペースミュージアム・ヒストリー・オブ・モデルエアプレーン部門が設立され、OK模型のEZ「フォッケウルフ」が「今日の模型の姿」として殿堂入りを果たしました。

EZ工法の特許、正式認可。
EZ工法の材料及び製造方法の特許申請が受理され、特許庁より正式認可されました。

T・O・Cにて優勝、賞金25,000ドルを獲得。
アメリカラスベガスで行われた第9回トーナメント・オブ・チャンピオンにて、H.プレトナ氏がEZ「バトライトレーザー」にて通算8度目の優勝を飾り、賞金25,000ドルを獲得した。
1997年(平成9年)
本社 工場を統合。
1998年(平成10年)
コンピューター制御によるレーザーカット機を導入。
2000年(平成12年)
高松 利充 取締役社長就任。
2001年(平成13年)
EZ20年を迎える。
2004年(平成16年)
Tahmazo日本総代理店になり、電動分野に本格参入する。
2006年(平成18年)
OK模型創業50周年を迎える。
2008年(平成20年)
EZ完成機生産終了。

会社概要   ごあいさつ